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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9901号 判決 1991年8月27日

甲事件原告(乙事件被告)

浜上孝

右訴訟代理人弁護士

北岡満

甲事件被告(乙事件原告)

蒲商株式会社

右代表者代表取締役

西田茂

右訴訟代理人弁護士

大西裕子

主文

一  甲事件原告(乙事件被告)が、甲事件被告(乙事件原告)の従業員たる地位にあることを確認する。

二  甲事件被告(乙事件原告)は甲事件原告(乙事件被告)に対し、昭和六二年七月一日以降毎月一〇日限り金四〇万三〇〇〇円を支払え。

三  甲事件被告(乙事件原告)は、甲事件原告(乙事件被告)に対し、別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。

四  甲事件原告(乙事件被告)のその余の請求を棄却する。

五  乙事件被告(甲事件原告)は、乙事件原告(甲事件被告)に対し、金二四二万七七〇八円及びこれに対する昭和六二年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  乙事件原告(甲事件被告)のその余の請求を棄却する。

七  訴訟費用は甲、乙各事件とも甲事件被告(乙事件原告)の負担とする。

八  この判決は、第二項、第三項及び第五項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件について)

一  請求の趣旨

1 主文第一項及び第三項と同旨

2 甲事件被告は、甲事件原告に対し、昭和六二年七月一日以降毎月一〇日限り金四八万三〇〇〇円を支払え。

3 訴訟費用は甲事件被告の負担とする。

4 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 甲事件原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

(乙事件について)

一  請求の趣旨

1 乙事件被告は、乙事件原告に対し、金四八四〇万五九四四円及びこれに対する昭和六二年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は乙事件被告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 乙事件原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

甲事件被告(乙事件原告~以下、被告という)は、水産、農産、畜産加工品等の販売を業とする会社であり、甲事件原告(乙事件被告~以下、原告という)は、昭和四七年一月一七日被告に雇用され、以後その営業活動に従事していた。

2 被告は、昭和六二年七月一日原告を懲戒解雇したと称して、原告が被告の従業員たる地位にあることを争い、かつ、同日以降の賃金を支払わない。

3(1) 原告が昭和六二年七月一日時点で従業員として受けるべき給与額は、基本給金三四万二〇〇〇円、家族手当金二万七〇〇〇円、住宅手当金三万円、自動車手当金四〇〇〇円及び役付手当金八万円の合計金四八万三〇〇〇円である。

(2) 被告の就業規則には、毎月一〇日に当月分の給料を支払う旨が定められている。

4(1) 原告は、昭和六二年三月一一日、コスモ証券株式会社を通じて大阪市場株式会社の株式五〇〇〇株をその所有者から代金三五三万円で購入し、右株式を表章する別紙株券目録記載の株券(以下、本件株券という)を右コスモ証券で保護預かりにしてもらい、その預かり証の保管を被告に委ねた。

(2) 被告は、右預かり証を利用して、同年五月一日原告に無断で右コスモ証券から本件株券の引渡しを受け、以後これを不法に占有している。

5 よって、原告は、被告に対し、従業員たる地位の確認及び昭和六二年七月一日以降毎月一〇日限り金四八万八〇〇〇円の支払及び本件株券の引渡しを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3(1)の事実は否認し、(2)の事実は認める。

3 同4(1)のうち、原告が昭和六二年三月一一日、大阪市場株式会社の株式五〇〇〇株をもとの所有者から代金三五三万円で購入した事実は認め、その余の事実は否認し、4(2)の事実は否認する。

三  抗弁

1 懲戒解雇について

(1) 被告は、昭和六二年七月一日、原告を懲戒解雇した(以下、本件懲戒解雇という)。

(2) 本件懲戒解雇の直接の理由は次のとおりである。

<1> 大平海産こと大平国男(以下、訴外大平という)に関する件

被告は、訴外大平との間で、昭和五八年五月ころから煉製品あるいはその原料品に関する売買取引を行っていた。被告の代表者である西田茂(以下、西田という)は、かねてから訴外大平の財産的信用度に疑いをもっていたので、被告における訴外大平に対する販売の責任者である原告に対し、訴外大平に対する売掛は同人からの買掛の範囲内に抑えるように業務上の指示を与えていた。

ところが、原告は、右西田の指示に違反し、訴外大平に対し、昭和六二年一月中旬から四月末までの間に買掛金を大幅に超える販売を続けた。その結果、同年六月二七日、訴外大平は手形不渡りを出して倒産した時点での売掛金(金四二二一万七一〇〇円)と買掛金(金四三五万三〇〇〇円)の差額は金三七八六万四一〇〇円にも上り、被告は右倒産により同額の損害を蒙った。なお、被告は、右売掛金のうち、金五五八万六〇〇〇円については原告以外の被告社員が販売したものであるから、原告に対し損害賠償その他の責任を問う意思はない。

<2> 神戸商店に関する件

昭和六二年春ころ、被告の常務取締役である吉川佳男(以下、吉川という)は、神戸商店の専務である神戸龍美から、訴外大平の経営状態がよくないので取引に注意した方がよいとの忠告を受け、西田に話すとともに販売担当者である原告に対し訴外大平に対する商品の販売を止めるように指示し、また、営業会議の席上でも、この話をして情報を外へ漏らさないように念を押した。

ところが、原告は、右情報を訴外大平に漏らしたばかりか、その情報源が神戸商店であることも明らかにしてしまった。

訴外大平からの抗議により右事実を知った神戸商店は、これに激怒し被告との取引停止を通告してきた。また、神戸商店では、これを原因として訴外大平との取引を減らすことができなくなり、同人の倒産時には被告以上の損害を蒙った。

<3> <1>の行為は、被告に対し重大な損害をあたえるものであり、<2>の行為は被告の対外的信用を失墜させる行為である。したがって、原告を懲戒解雇にすることは被告にとって当然の選択である。

(3) なお、被告の就業規則には懲戒処分の種類や懲戒理由、手続についての規定がない。しかし、労働者は、労働契約を締結したことによって企業秩序を遵守する義務を負い、使用者は労働者の右遵守義務違反の行為に対しては制裁罰として懲戒を課すことができるというべきであるから、就業規則に右のような規定がないことの一事をもって使用者に一切の制裁権限がないとの解釈はとるべきではない。しかも、本件においては、被告の就業規則一一条の退職給与の規定中には、「ちょうかい処分により解雇された場合には退職給与金を支給しない」ことが規定されており、少なくとも、懲戒処分の存在とその場合には退職金が不支給となることについては規定上明らかであるから、被告が懲戒解雇をなし得ることに疑いはない。

2 株券について

(1) 乙事件請求原因2(3)で後述するとおり、原告は、被告に対しカマショーカンパニーの件で損害を負わせた。原告は、被告の営業会議の席上で、西田に対し、右損害の内のムラカミ食品株式会社に対する支払金である金三三四万四四九〇円を原告が個人で負担する旨を約した。

(2) 被告は、原告から、右債務の担保として本件株券を預かった。

三  抗弁に対する認否

1 抗弁について

(1) 抗弁(1)の事実は認める。

(2)<1> 同(2)<1>の事実は否認する。

被告は、毎週月曜日に営業担当社員、役員、社長ら全員が出席して行う営業会議を行っており、右会議では在庫、仕入及び販売量の確認、売掛金の回収状況が議題とされ、各営業担当者別に売掛金、買掛金、並びに在庫についての決算書が提出されていた。したがって、訴外大平を含む被告が行っている全ての取引は右営業会議における代表者たる西田の承認の下に行われていたものである。しかも、訴外大平との取引は、原告が販売を西田治行が買付を担当し、また、吉川もこの取引に関与していたにもかかわらず、右西田及び吉川は何らの制裁処分も受けていない。したがって、原告のみが訴外大平との取引において被告が蒙った損害につき責任を問われる理由はない。

<2>同(2)<2>のうち、原告が吉川から得た情報を訴外大平に漏らした事実及びその情報源が神戸商店であることを明らかにした事実は認め、その余の事実は否認する。

被告は、当初この件を懲戒処分事由とはしていなかった。仮に、これが懲戒事由となるとしても、被告は、既に昭和六二年五月一日この件につき原告に対し二か月の自宅待機処分をなしているのであるから、本件懲戒解雇は二重処分として無効である。

また、そもそも、原告が訴外大平に情報を開示したのは、訴外大平の経営状態をより深く知ることにより被告の取引に役立てるためであって何ら被告に損害を与えることを意図したものではない。さらに、右情報の伝達が神戸商店との取引停止にまで発展したのは、西田なり神戸商店との取引担当者である吉川なりの問題処理に不手際があったからであって原告一人が責任を問われる理由はない。

(3) 同(3)の主張は争う。

労基法八九条一項九号は制裁の定めをする場合には就業規則に記載すべき旨を規定する。右規定は単なる取締法規ではなく懲戒権との関係では効力規定と解すべきであり、したがって就業規則に右規定がないのに労働者を懲戒解雇することは違法である。被告は、その就業規則一一条にその主張の文言があることをもって懲戒権限があるとするが、労基法八九条は、制裁の種類及び程度に関する事項を具体的に定めることを義務付けているのであって右文言がこれに当たらないことは明らかである。

2 抗弁2(1)及び(2)の事実は否認する。

五  再抗弁

仮に、被告が懲戒解雇権を有し、かつ、その主張する事由が懲戒解雇事由に当たるとしても、本件懲戒解雇は懲戒解雇権の濫用として無効である。

すなわち、本件懲戒解雇がなされるまでにも被告においては吉川、東守、西田らがそれぞれ担当している取引がいわゆる焦げ付きを出している。しかし、それに対する処分は、五〇〇〇万円もの焦げ付きを出した東についてすら、課長職を解くというものであって、一二〇〇万円の焦げ付きを出した吉川に対しては昇給とボーナスのカットが行われたのみである。このことからすると、仮に一部の焦げ付きに関し原告に責任があるとしてもこれに対し懲戒解雇処分を課すことは他の従業員との間で著しく処分の均衡を欠くものとして懲戒解雇権の濫用となる。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

(乙事件について)

一  請求原因

1 被告は、水産、農産、畜産加工品等の販売を業とする会社であり、原告は、昭和四七年一月一七日被告に雇用され、以後その営業活動に従事しており、同五九年二月二五日からは取締役の地位にあった。

2 原告は、次に述べるとおり、従業員として業務を行うに際して負っている注意義務に違反若しくは著しく違反し又は取締役として職務を遂行するうえで負うべき善良な管理者としての注意義務若しくは忠実に職務を遂行すべき義務に違反し、被告に損害を与えた。

(1) 有限会社奥野商事の件

<1> 西田が、新規の取引をなすに際しては、その相手方の信用調査を十分に行い資産状態を確認して取引を開始するよう厳命していたにもかかわらず、原告は右命令を無視し、有限会社奥野商事と取引を開始するにあたりその信用状態を確認することなく、単に取引先の紹介で知り合った訴外知裕水産の社長から有限会社奥野商事が韓国に不動産を有しているといわれたとの一事をもって同商事との取引を開始し、昭和六〇年一一月一八日から一二月三一日までの間に穴子や赤貝等を合計一一二二万〇二一五円を売り渡した。

<2> 有限会社奥野商事は昭和六一年二月二一日までに合計金三五〇万円を支払ったが、残金七七二万〇二一五円については四度に渡る手形のジャンプの後、同商事が同六二年二月二三日付けで手形不渡りを出して倒産したため、支払うことができず、被告は同額の損害を蒙った。

(2) 株式会社雙龍の件

<1> 西田は、昭和六一年九月ころ、原告から高知県にある永野蒲鉾他数社が冷凍サルエビの仕入先を捜しているのでこれを韓国から輸入したい旨の相談を受けた。西田は、他の従業員に意向を聞いたが思わしい返事がなかったので、原告に対しこの取引を見合わせるように指示した。

<2> しかるに、原告は西田の右指示を無視して、昭和六一年一一月二五日ころ株式会社雙龍から冷凍サルエビ九八〇〇kgを代金一万九六〇〇ドルで輸入した。しかも、右商品の殆どが不良品であり、かつLCの期限が経過していたことから被告には商品の取引義務がなかったにもかかわらず、検品に行った原告が、右商品を選別して引き取るという愚行を行ったため、被告は右商品を引き取らざるを得なくなり返品が不可能となった。その後、右後始末のため、西田が株式会社雙龍と交渉し、昭和六二年七月二日、被告が株式会社雙龍に対し一万七〇〇〇ドルを支払うことによって問題を解決した。原告が選別した商品は結局金一〇〇万九八〇〇円で販売できたのみであったため、被告はこれにより一万七〇〇〇ドル(1ドル一四五円で計算して金二四六万五〇〇〇円)との差額である金一四五万五二〇〇円の損害を蒙った。

(3) カマショーカンパニーの件

<1> 西田は、常々原告に対し、外国への輸出については、相手方の信用調査に替わる銀行間の信用状(LC)に基づいて取引するように指示していたにもかかわらず、原告はこれを無視し、昭和六一年一一月末ころ、アメリカ合衆国オレゴン州のレイモンド・パトリックなる人物に原告の「カマショー」のブランドを貸し、「カマショーカンパニー」と名乗らせたうえ、以後同人に対し三回に渡り、カニ蒲鉾を輸出し、後記<2>記載の損害を与えた。

<2>Ⅰ 右輸出のために被告が支払った経費等は次のとおりである。

ⅰ ムラカミ食品株式会社からの仕入代金三三四万四四九〇円

ⅱ 本件輸出のための運賃及び諸経費金八八万七二七四円

ⅲ 本件輸出のために使用する目的で段ボール及び包装資材を発注したことにより要した費用金三八一万〇一一六円

ⅳ 昭和六一年一二月四日にレイモンド・パトリック宛てに現地で商売するための経費として送金した金七〇万七〇〇〇円

Ⅱ 右輸出により売上代金として被告が取得した金額は金一六三万九五一九円である。

Ⅲ したがって、被告は、右輸出により、金七一〇万八三六一円の損害を蒙った。

(4) 訴外大平の件

<1> 甲事件請求抗弁1(2)<1>と同旨

<2> したがって、被告は、原告に対し、右訴外大平との取引による蒙った損害のうち、金三二二七万八一〇〇円の支払を求める。

3 よって、被告は、原告に対し、不法行為又は取締役としての義務違反に基づく損害賠償請求として金四八五六万一八七六円の内金四八四〇万五九四四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年一二月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 請求原因2について

(1)冒頭部分の事実は否認し、その主張は争う。

<1> 原告には従業員としての過失があるとの主張に対して

被告においては、毎週月曜日に営業担当社員、役員、代表者を含め全員で営業会議が行われ、右会議では、在庫や仕入の確認、販売先毎の売掛金回収状況を議題となり、毎月一回は担当者別に売掛金、買掛金、並びに在庫についての決算書が提出され、代表者以下全員で個々の取引につき禀議していたこと、さらに、営業担当者が個々の取引をなすについては、商取引上の駆け引き、危険は常につきまとうものであり、それを一々担当者の個人責任にするときは商取引を実行することは不可能である。したがって、原告が担当者としてなした取引においてたまたま不良債権が発生する結果となったとしても、原告の行為に過失はないし、まして、重過失がないことは明らかである。

<2> 原告には取締役としての義務違反があるとの主張に対して

まず、被告会社の実態は西田の全くの個人会社であり、原告が取締役であるとはいっても(被告の本社の営業担当者は九名でそのうちの七名が取締役である)その実態は従業員と同一である。このような原告に対し取締役としての責任を問うことはそれ自体失当である。

仮に、そうではないとしても、本件のように、代表者以下取締役全員が集まって開かれる営業会議の席で取引についての検討がなされ、その結果として実行された取引においては、たまたま売掛金に回収不能が生じたとしても当該担当取締役の行為が企業人として合理的な選択の範囲を外れたものでない限り、同人は会社に対する責任を負わないものというべきである。

(2) (1)の事実は否認する。

有限会社奥野商事との取引は、西田を含め取締役全員の了承の下に行ったものである。

(3) (2)の事実は否認する。

<1> 本件サルエビの輸入については、既にLCがきれていたので、品物が悪ければ受け取る必要がなく返品が可能な品物であった。原告は、これを西田に報告し、輸入についての了解を得ていた。

<2> 昭和六一年一一月二五日ころ、原告は、通知を受け下関に行き、輸入されたサルエビを検品した。その結果不良品が多かったため入庫先の下関ニチレイ工場に通関(関税法の規定に従って貨物輸出入の許可を受けて税関を通過すること)させないように指示して帰阪した。ところが、被告の担当者が原告の報告を待たずに通関費用を業者に送金してしまったため通関許可が降りてしまった。このように、被告の担当者の落ち度により品物が荷揚げされてしまい紛争が生じたので、原告はこれを処理のため、雙龍の担当課長と交渉を重ね、昭和六二年五月二六日には海源物産の李部長から別途被告に輸出した四トン(一六〇万円相当)の品物についての代金を支払うことで本件サルエビを巡る件を解決したい旨の提案が行われた。このように、この件で被告が全く支払をしないでもよいことは明らかであるにもかかわらず、西田は、原告を懲戒解雇にした後勝手に株式会社雙龍と和解し、支払義務のない金員を支払ってしまった。したがって、原告にその損害を賠償する責任のないことは明らかである。また、被告は本件で金一四五万五二〇〇円の損害を蒙ったというが、株式会社雙龍から昭和六二年一月一八日に四トン(一六〇万円相当)の品物を別途無償で受け取っているのであるから実損は生じていないものというべきである。

(4) (3)の事実は否認する。

<1> カマショーカンパニーとの取引についてもすべて西田の了解済みのことである。LCに基づいて取引するようにとの指示についても、一コンテナ分を宣伝販売してもらい、その後LC決済を始めることを報告し西田の了解を得ていた。

<2> 被告は、この件で金七一〇万八三六一円もの損害が発生した旨主張するが、カマショーカンパニーから被告に対しては総額で六万〇〇七九ドル(一ドル一四〇円で換算すると約八四一万一〇六〇円となる)の送金がなされているのである。被告の主張はそもそもこの件で原告が担当した取引が何で、その損害が原告のどのような行為によって生じたものかが全く不明であるが、要するにこの件で損害が発生していないし、仮に何らかの損害があったとしてもそれは原告の関与しないものであることは明らかである。

5 (4)の事実は否認する。

甲事件三1(2)で述べたとおり、訴外大平との取引は、被告の営業会議の席で承認されたものである。したがって、仮に結果として回収不能な債権が生じたとしても、それは取引に当然伴う危険の範囲内のものであって、原告個人が損害賠償責任を問われるいわれはない。なお付言するに、訴外大平が倒産する直前の二か月間、原告は自宅待機を命ぜられていたのであり、その間の被告の対応がその損害を拡大させたものである。

第三証拠(略)

理由

第一甲事件に対する判断

一  請求原因1、2及び抗弁1(1)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件懲戒解雇の効力につき判断する。

使用者がその雇用する従業員に対して行う懲戒解雇は、使用者が、企業秩序を維持するため、これに違反した従業員に対し制裁として課する解雇である。従業員が雇用契約に基づき企業秩序の維持確保を図るべき一般的義務を負うことは認められるにしても、懲戒解雇の右のような制裁としての本質に鑑みると、使用者が従業員を懲戒解雇するためには、従業員のいかなる秩序違反行為が懲戒解雇事由となるのかが、法律、就業規則又は使用者と従業員との合意によって明らかになっていることが必要であり、使用者は、従業員と雇用契約を結びさえすれば、右のような定めがなくとも、その固有の権利として、当然に従業員を懲戒解雇できる権限を有するとする見解は相当でない。したがって、使用者と従業員との間に、懲戒解雇事由につき法律、就業規則等による具体的定めがなければ、使用者は、たとえ従業員に企業秩序違反の行為があったとしても、その労働者を懲戒解雇することはできないものというべきである。

これを本件についてみるに、被告の就業規則には、その一一条に「ちょうかい処分により解雇された場合には退職金は支給しない」旨が規定されている他には懲戒処分の種類、理由及び手続につき規定がないことは被告の自認するところであり、また、原告と被告との間で懲戒事由につき合意したと認めるに足りる証拠もない。

したがって、被告の懲戒解雇の主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

もっとも、使用者が企業秩序違反の行為をした従業員に対し、懲戒解雇と称する意思表示をしても、使用者が懲戒解雇に固執せず、かつ、従業員の地位を不当に不安定にすることのない限り、使用者のした右懲戒解雇と称する意思表示を懲戒解雇なる呼称の下にされた労働者の責めに帰すべき事由に基づく即時解雇(労基法二〇条一項ただし書き後段)と認定する余地がないではない。しかし、本件では、被告があくまで懲戒解雇に固執していることはその主張から明らかであるから、即時解雇の成否につき判断する余地はない。

なお、仮に本件で被告が懲戒解雇権を有するとしても、懲戒事由として主張する訴外大平の件で原告に個人責任を問えないことは後記乙事件に対する判断で述べるとおりであること、また、神戸商店に関する件についても、原告が神戸商店から得た訴外大平の経営状態に関する情報を同人に漏らし、その情報源が神戸商店からであることを明らかにしてしまったこと(当事者間に争いがない)については原告に責められるべき点があるとしても、原告の右行為が神戸商店と被告との取引停止にまで発展したことについては被告会社の西田及び吉川の事後の対応にも落ち度があると認められること(証人吉川の証言)、さらに、これまで被告において懲戒解雇された従業員が皆無であり、被告に対し本件で被告が請求している金員を超える損害を与えた従業員に対してすら降格処分がなされたにすぎないことが認められること(証人吉川の証言)からすると、被告がなした本件懲戒解雇がその権利を濫用するものとして無効であることは明らかである。

三  給料請求につき判断する。

1  昭和六二年四月から六月までの給料明細書(書証略)によると、原告は、六月には基本給金三四万二〇〇〇円、家族手当金二万七〇〇〇円及び住宅手当金三万円を支給されていたこと、五月には六月分に加えて(ただし、基本給は金三三万二〇〇〇円であった)、自動車手当金四〇〇〇円及び役付手当金八万円の支給を受けていたことが認められる。

そこで、原告が従業員として被告に請求できる給料の額について考えるに、右費目のうち、基本給金、家族手当、住宅手当及び自動車手当は従業員としての給料に含まれることが認められる(原告本人尋問の結果)。しかし、役付手当については、それが定款又は株主総会の特別決議を経た取締役報酬ではないことは被告の自認するところであるとはいえ、原告と被告との間ではこれが取締役報酬として支払われていたことが認められる(原告本人尋問の結果)ことからすると、右手当は従業員として請求できる給料に含まれるとは認められない。したがって、原告が、被告に対し請求できる従業員としての給料額は金四〇万三〇〇〇円となる。

2  被告の就業規則には、毎月一〇日に当月分の給料を支払う旨が定められている事実は当事者間に争いがない。

四  株券の引渡請求につき判断する。

1  原告が、昭和六二年三月一一日、大阪市場株式会社の株式五〇〇〇株をもとの所有者から代金三五三万円で購入した事実は当事者間に争いがなく、(書証略)及び原告本人尋問の結果によると、原告は右株式を表章する本件株券をコスモ証券株式会社に保護預かりにしてもらい、その預かり証の保管を被告に委ねていたこと、被告は右預かり証を利用して、同年五月一日原告の無断で右コスモ証券から本件株券の引き渡しを受け、以後これを占有している事実が認められる。

2  ところで、被告が本件株券をその主張する原告に対する債権の担保として預かった(抗弁2(2))と認めるに足りる証拠はないから、抗弁2はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

五  してみると、原告は被告の従業員たる地位にあり、被告は、原告に対し、毎月一〇日限り金四〇万三〇〇〇円を支払い、かつ本件株券を引き渡す義務があるものというべきである。

第二乙事件に対する判断

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が取引をなすに当たり従業員又は取締役として負っていた注意義務につき考える。

1  (証拠略)、原告本人尋問の結果及び被告代表者本人尋問の結果(ただし一部)によると、被告の営業実態等につき以下の事実が認められる。

(1) 被告会社の構成

被告会社は、昭和四一年一月二六日設立された資本金四五〇〇万円の会社であり、年商は昭和六二年当時で六〇億円から六四億円、大阪本社のほか高松にも支社があり社員総数は代表者を含めて二二名でそのうち本社で営業を担当しているのは九名である。右九名のうち少なくとも六名は取締役となっている。

(2) 被告会社における営業管理体制とその実態

<1>被告会社では、原則として毎週月曜日に営業会議が開かれることになっていた。右会議には、西田以下の営業担当者全員が出席し、各人が担当している販売先に対する売掛金、仕入先に対する買掛金、手持在庫、右手持在庫の販売計画、販売先の営業状態についての検討がなされていた。特に月の初めに開かれる会議では、各担当者が個人別の売掛、買掛及び在庫量等を記載した書面を提出し、出席者全員にそのコピーが配られこれに基づき在庫処理、買付量等についての討議がなされた。

<2> 原告も、右書面の提出は励行していたので、営業会議(これを主宰する西田)は原告個人が担当している取引の内容を把握していた。また、吉川の認識している範囲内で、原告が営業会議(その実質は西田)の事前の了解を取ることなく自らの判断のみで取引を行うことはなかったし、西田から了解なしに取引を始めたとして叱責されたり異議を言われたりすることを聞いたことはなかった。

なお、原告は、被告の営業員に義務づけられている作業月報及び買付契約書の記帳を必ずしも遵守していなかったが、本件に至るまでこのことにより西田らから叱責を受けたことはなく、また、右各書面を作成しないからといって、原告が担当している取引内容が被告に把握できなかったとの事実はない。

<3> 被告における新規取引先の開拓は原告の義務であり、その取引がある程度軌道に乗った時点で他の営業員にその取引先を担当させるという形態がとられていた。原告の昭和六一年ころの年間販売目標額は年一二億円、粗利益の目標は六〇〇〇万円程度であり、原告はこれを達成しており、被告内での販売実績は第一位であった。

<4> 被告においては、これまでも商品の販売に基づく不良債権が発生したことはあったが、右債権が回収できないことによる損害をその取引を担当した従業員あるいは取締役個人に対し請求したことはなく、昇給幅の削減、賞与の減額あるいは降格等の処分を行うことによるその責任を追及していたにすぎない。

2  右で認定した事実によると、被告会社は代表者西田がその全てにつき決定権を有する会社であり、原告は取締役であるといっても、その実質は多額の取引実績を有する営業担当従業員にすぎないこと、被告は営業会議において取締役も含めて個々の営業担当者がなす取引の詳細を認識し、これを決済していたこと、原告もその例外ではなく被告は原告が担当する取引内容を把握してこれに対処していたこと、新規取引先を開拓することが原告の担当業務に含まれていたため、原告がなす取引から不良債権が発生する確率が高いこと、さらに、過去に被告が個々の担当者がなした取引の結果蒙った損害の賠償を個人に対し請求した事例がないことが認められる。

右事実からすると、原告が従業員又は取締役として被告に対して負うべき注意義務は、営業会議又は西田に対し原告が認識した事実若しくは得た情報を正確に伝達し、これに基づき営業会議又は西田がなした明示あるいは黙示の指示若しくは了解の範囲内で取引を実行することであり、原告なした行為が営業会議の指示あるいは了解の範囲内と認められるにもかかわらず、右行為により被告に損害が生じたとしても、その損害を賠償する責任はないものと解するのが相当である。

三  右観点から被告が主張する各件につき原告の責任の有無及びその範囲につき判断する。

1  有限会社奥野商事に関する件

(1) 証人吉川の証言、原告及び被告代表者各本人尋問の結果(被告代表者については一部)によれば、被告と有限会社奥野商事との取引は昭和六〇年一一月ころ始まったこと、この取引を開拓したのは原告であること、原告は取引を始めるに当たり、西田に対し、有限会社奥野商事を紹介したのは知裕水産の社長であり、同人は有限会社奥野商事は韓国に不動産を所有しているのでその資産状態は信用できると言っている(これは原告が得た情報どおりである)旨を伝えたこと、西田は原告の右報告に基づき有限会社奥野商事との取引を開始することを承認し、LCを開設したこと、以上の事実が認められる。

(2) 右事実によれば、原告は自らが得た情報を西田に伝え、その承認の下に有限会社奥野商事との取引を開始し、これを継続したことが認められるのであるから、右取引に関し原告に損害賠償を請求する被告の主張はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

2  株式会社雙龍に関する件

(1) (書証略)、原告及び被告各本人尋問の結果(どちらも一部)によれば、被告と株式会社雙龍との取引は被告も了解のうえで、昭和六一年九月ころ開始されたこと、一回目の取引についての代金決済は行われたが、輸入した商品の質が悪かったので、西田は原告に対し、取引を停止するよう持ちかけたこと、これに対し原告がLCの有効期間がすでに経過しており商品の質が悪ければ引取を拒否することが可能である旨を説明したので西田も最終的には取引を継続することを了解したこと、同年一一月二五日ころ株式会社雙龍からの商品が下関港に入港し、原告が右商品の検品のため下関に出向いたこと、原告は検品の結果不良品が多く含まれていることを発見したので、現地の倉庫業者に通関させないように指示したこと、しかし被告本社との連絡が十分でなかったため被告から通関の費用が支払われ通関が終了したこと、原告は右輸入した品物から良品のみを選別する作業を指示し、実行させたこと、これにより右品物の返品ができなくなり、株式会社雙龍との間で金銭トラブルが生じたこと、原告はこれを解決するため三度韓国を訪れたが解決に至らなかったこと、その間株式会社雙龍からは四トンの品物が無償で送られてきていること、昭和六二年五月二六日には右取引を仲介した海源物産の李部長から右四トン分だけの代金を支払ってくれたら前記紛争は自分が解決する旨のファックスが原告宛てに送られてきたこと、原告を懲戒解雇した後である同年七月二日被告と雙龍との間で和解が成立し株式会社雙龍に一万七〇〇〇ドル支払ったこと、以上の事実が認められる。

(2) 右事実によると、株式会社雙龍との取引を継続し、その商品を輸入したこと自体は西田の承認の下に行われたことが認められるのであるから、このことに関して原告が責任を問われるいわれはない。

しかし、検品に行き商品が不良であることを認識しながら、直ちに返品の手続を取ることなく、これに手を加え、返品を不可能にした原告の行為は、従業員及び取締役としての注意義務に違反するものと認めるのが相当である。

(3) そこで、右原告の行為により被告が蒙った損害につき考えるに、被告が原告が選別した商品を販売して得た代金が金一〇〇万九八〇〇円であることは被告が自認するところであること、被告はこれとは別に株式会社雙龍から四トンの商品を無償で受け取っていることは前記認定のとおりであるところ、右四トンの価値についてはこれを被告が輸入した品物と同価値であるとするとその代金は八〇〇〇ドル(一ドル一四五円で計算するとその額は金一一六万円である)となること(他に右商品の価値を認定するに足りる証拠はない)からすると、被告の損害は金二九万五二〇〇円と認めるのが相当である。

したがって、原告は株式会社雙龍の件で被告に対し金二九万五二〇〇円の損害を賠償する義務があることになる。

3  カマショーカンパニーに関する件

(1) (証拠略)、原告及び被告代表者本人尋問の結果(いずれも一部)によれば、以下の事実が認められる。

<1> 原告は、昭和六一年九月ころ、アメリカに原告の代理店を設け商品を販売することを計画し、代理店の責任者としてかねて面識のあったレイモンド・パトリック(以下、パトリックという)を、輸出する商品の仕入先としてムラカミ食品株式会社(以下、ムラカミという)及び高知県蒲鉾株式会社(以下、県蒲という)を選び、西田に対し決済を仰いだ。西田は、輸出についてはLCを開設して後にするように指示したが、原告はパトリックは十分に信用できる人物であり、輸出後六〇日で現金で入金がなされること確実である旨及び仕入先とは仕入代金の支払はアメリカで商品が販売され代金が入金になった後でよいとの合意が成立している旨を説明して西田の承認を得た。西田は、同年一一月二〇日付で原告と連名で、パトリックがアメリカで行う販売について被告が責任を負うことを誓約する文章を作成し、これをパトリックに送り、同年一二月四日には当面のアメリカ側の経費として金七〇万円をパトリックに送金した。

<2> カマショーカンパニーに対する輸出は、合計三回行われ、第一回は、昭和六一年一二月一日ころ、ムラカミから仕入れた一万五九〇〇ポンド及び県蒲から仕入れた二万五三二〇ポンドのカニ蒲鉾の、第二回は同六二年五月一〇日ころ県蒲から仕入れた二万〇七〇〇ポンドのカニ蒲鉾の、第三回は同年七月四日ころ県蒲から仕入れた三万三七八〇ポンドのカニ蒲鉾の輸出であった。他方、カマショーカンパニーから被告に対しては、第一回目が昭和六二年七月一七日の二万ドル、第二回目が同年八月二〇日の一万ドル、第三回目が同年九月二一日の三万ドル、第四回目が同年一一月二六日の三万二八五七ドル八一セントの都合四回の送金がなされた。

<3> 被告から仕入先の代金の支払は、ムラカミに対しては原告の西田に対する前記説明とは違い、ムラカミが品物が出港してから二か月以内に支払うとの約束であったとしてその代金を請求してきたので、被告は昭和六二年二月六日でやむなく金三三四万四四九〇円を支払い、県蒲に対しては、前記パトリックからの送金の中から八万〇六〇四ドル三〇セントを支払い、その清算を終えた。

<4> 原告が懲戒解雇処分を受けて後、武内がその業務を引き継いだが、結局アメリカでの販売実績が挙がらないこと及びその経理が不明確である等の理由で被告は昭和六二年九月にこの取引を停止した。

(2) 右事実によると、原告は、西田に対し誤った情報(輸出後六〇日以内に現在で入金がなされること及び仕入先に対する代金の支払時期)を伝えてその決済を取り本件取引を開始したものであることが認められるから、この点において原告の行為は従業員及び取締役としての注意義務に違反するものであることが認められる。

(3) そこで、原告の右義務違反が被告にいかなる損害を与えたのか、そして原告はその内どの範囲につき賠償義務があるのかにつき考える。

前記(1)で認定した事実(証拠略)、原告本人尋問の結果(一部)を総合すると、被告は、原告の右義務違反により開始された本件取引によりその主張どおり金七一〇万八三六一円の損害を蒙ったことが認められる。

しかし、右認定事実及び証拠によると、本件取引自体は原告の誤った情報に基づくとはいえ西田及び被告の営業会議が承認して開始されたものであること、現に、パトリックに対する二回目の輸出が行われたのは昭和六二年五月一〇日であり、その時期には原告が西田に与えた情報が誤りであること(すなわち、第一回目の輸出後六〇日を経過しているにもかかわらずパトリックからの入金がないこと及びムラカミからは支払を迫られすでに支払済みであったこと)はすでに被告に判明していたにもかかわらず、被告は、原告を責めることもなく、パトリックとの取引を継続し(同年五月一日以後は原告は自宅待機処分となっていた)、以後一回目を超える量の輸出をしていること、被告がその損害として請求原因2(3)<2>ⅲ(本件輸出のために使用する目的で段ボール及び包装資材を発注したことにより要した費用)で主張する費用の大部分は二回目以後の輸出のためのものであること、アメリカでの販売が当初の目論見どおりいかなかったことの原因の一つはムラカミから仕入れた品物に不良品が多かったためであり(人証略)も県蒲から仕入れた品物は順調に販売されたと証言している)原告が選んだパトリックの能力等のみが問題ではなかったことが認められ、右事実からすると、過失相殺の法理により原告が賠償義務を負う損害は、被告の前記損害の内三〇パーセントに留まるものと認めるのが相当である。

したがって、原告はカマショーカンパニーの件で被告に対し金二一三万二五〇八円(円未満切り捨て)の損害を賠償する義務があることになる。

4  訴外大平に関する件

(1)(書証略)、証人吉川の証言、原告及び被告代表者各本人尋問の結果(被告代表者については一部)によれば、以下の事実が認められる。

被告と訴外大平との取引は、昭和五四、五年ころから開始され、被告においては、訴外大平に対する販売は原告が、訴外大平からの買付は西田浩行が担当していた。西田は、訴外大平が必ずしも財産的信用のおける取引先ではなかったため、取引の開始直後から同人に対する販売と買付はほぼ同額にするとの方針を取り、営業会議でもこれを表明していたが、右方針は一般的な心構えという以上のものではなく、販売が買付けを上回ったとしてもこれにより同人に対する販売禁止の命令が出されることはなかった。西田が原告ら営業担当者に訴外大平に対する販売を原則として禁止する旨を指示したのは、吉川が、神戸商店の専務である神戸龍美から訴外大平の経営状態が悪化しているとの情報を得てこれを西田に伝え営業会議の席上でも明らかにしたため、昭和六二年三月終わりころのことである。右指示の後においても、四月一六日、五月二三日、二四日、六月一六日に訴外大平に対する販売が行われた(なお、原告が五月一日以後は自宅待機を命ぜられていた)。

訴外大平は、昭和六二年六月二七日手形不渡りを出して事実上倒産し、和議申請がなされ、「和議認可確定後三年経過の年の一月末日に元本債権の一五パーセント相当額を支払う。その後毎年一月末日までに債権元本の一〇パーセント相当額を六年間支払う。右支払を完了したときは、和議債権者はその余の和議債権を放棄する」旨の和議条件が確定した。なお、被告が本訴に提出している訴外大平が支払義務を負う不渡り手形の総額は金三五三〇万五一〇〇円である。

(2) 右事実によると、被告が訴外大平の倒産により多額の損害を蒙ったこと及び右取引を担当したのが原告であることは認められるが、営業会議の席上訴外大平に対する販売を禁止する旨の具体的指示がなされたのは昭和六二年三月末であること、右指示の後(しかも、原告が自宅待機を命ぜられた以降)においても右指示に反する販売が行われており先に二1(2)で認定した被告の営業管理体制から右販売は西田の了解の下に行われたものであることが伺えること、さらに、原告が、西田又は営業会議に対し、訴外大平との取引に関し誤った情報を伝達したり、その指示又は了解の範囲を超えて販売を行ったと認めるに足りる証拠はないことからすると、原告に訴外大平との取引において注意義務違反があったとは認められない。

したがって、被告のこの件に関する主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

四  してみると、原告は被告に対し、金二四二万七七〇八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年一二月八日から支払済みまで年五分の遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。

第三結論

以上によると、甲事件における原告の請求は、主文第一項ないし第三項掲記の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、乙事件における被告の請求は、主文第五項掲記の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但し書きを、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

別紙(略)

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